Q1:原敬は本当に庶民の出身だったのですか?
A1:いいえ、生家は盛岡藩の上級武士(家老格)の家系です。明治維新に伴う身分制度の再編により士族となりましたが、のちに戸籍の都合で一時的に平民籍へ編入された経緯があります。首相就任時に爵位を持っていなかったため「平民」と呼ばれましたが、いわゆる農民や町人の出ではありません。
Q2:『原敬日記』はなぜ歴史資料として高い価値があるのですか?
A2:明治・大正期の政界の裏面、元老たちとの極秘会談、政策決定プロセスの生々しい記録が、原自身の筆によって克明に書き残されているためです。全巻にわたる膨大な記録は、近現代日本政治史を研究する上で欠かすことのできない第一級の史料とされています。
Q3:なぜ原敬の暗殺犯・中岡艮一は死刑にならなかったのですか?
A3:当時の刑法では現職首相の殺害であっても天皇に対する大逆罪とは異なり、一般の殺人罪が適用されました。無期懲役の判決を受けた中岡は、その後の恩赦により減刑され、昭和初期に仮出獄を果たしています。