彼の原点は、父・梅沢清が結成し、大衆演劇の代名詞として全国を巡業した「梅沢劇団」にある。幼少期から舞台に立ち、過酷な下積み時代を経験した彼を根底で支え続けたのが、兄である梅沢武生だった。劇団の座長として采配を振るった武生は、弟の才能をいち早く見抜き、その魅力を最大限に引き出すプロデュースを行った。
「富美男を女形として本格的に売り出す」という武生の英断がなければ、後の大ヒットも「下町の玉三郎」の誕生もなかったかもしれない。兄弟で切磋琢磨しながら全国の劇場を沸かせた日々は、劇団の絆をより強固なものにした。厳しい稽古と全国巡業で培われた圧倒的な舞台度胸は、彼の芸風の揺るぎない土台となっている。