インターネットの検索欄やSNS上では、時に「美智子さまの性格がきつい」といったネガティブな噂や疑問の声が見受けられます。こうした印象が生まれた背景には、美智子さまが貫いてこられた徹底した完璧主義と、伝統的な皇室の中で戦い続けてきた環境があります。
昭和34(1959)年、民間出身の皇太子妃として皇室に入られた美智子さまは、それまでの前例を打破する多くの改革を進められました。自らの手で子どもを育てる「マイホーム型」の子育ての実践や、皇居内に専用の厨房を設けて家庭料理を振る舞われたことなどは、当時の宮中において前代未聞の試みでした。旧態依然とした慣習が色濃く残る組織の中で新しい道を切り拓くためには、生半可な優しさでは立ち行かず、揺るぎない覚悟とストイックさが必要不可欠だったのです。
当時の皇室職員や宮内庁内部には、そうした美智子さまの妥協のない姿勢や改革スピードに対し、「厳格すぎる」「要求水準が高い」と感じる者もいたと伝えられています。自らを厳しく律する姿勢が、一部の周囲には「気難しさ」や「きつい性格」として映ってしまったことが、噂の発端と考えられます。