事態が急変したのは2026年3月のことだった。胸のあたりに強烈な違和感を覚えた志尊は、自らの判断で病院へ向かう。診断結果は「急性心筋炎」および「心不全」。心臓の筋肉に炎症が起き、ポンプ機能が著しく低下する重篤な疾患だ。ICU(集中治療室)への隔離を余儀なくされ、医師からは「あと少し処置が遅れていれば命が危なかった」と告げられるほどの切迫した状態だったという。
長年彼を支えてきた所属事務所(当時)のワタナベエンターテインメントを通じて公表された休業発表は、瞬く間に日本中に広がった。病床で激痛と戦いながら、彼は「生きていることのありがたさ」を痛感したと後に語っている。約3週間に及ぶ集中的な治療と入院生活を経て奇跡的に退院を果たしたが、そこからのリハビリと心の葛藤もまた、並大抵のものではなかった。