本作をめぐっては、タイトルや作者のイメージ先行によるいくつかの代表的な誤解が存在します。読書体験をより深めるため、これらを整理しておきましょう。
誤解①:「クリスティーのミステリー傑作選」と思って読むと肩透かしを食らう?
真相:ポアロやマープルのような名探偵の謎解きを期待すると全く異なります。しかし、「手掛かりを集めて徐々に真相が構築され、最後に驚きの事実が判明する」というプロット構造そのものは、最高密度の本格探偵小説そのものです。探偵役はジョーン自身であり、解明されるべき事件は「なぜ自分の人生はこんなにも空虚になってしまったのか」という、彼女自身の全人生という謎です。
誤解②:ジョーンは反省したのだから救われる機会はあったのでは?
真相:砂漠の中での悔恨はホンモノでした。しかしクリスティーが冷徹なのは、「過酷な環境下で湧き上がった反省は、戻るべき温かい部屋と日常の権力が手に入った瞬間に一瞬で無力化される」という人間の防衛本能の本質を描き抜いた点です。人間は、真実を見る苦痛よりも、慣れ親しんだ欺瞞の中で生きる安楽さを無意識に選んでしまいます。