1996年2月、第46回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門において、映画『絵の中のぼくの村』は世界中の映画バイヤーや批評家から熱狂的な拍手で迎えられました。最終的に東陽一監督へベルリン国際映画祭銀熊賞が授与された背景には、欧米の映画人が抱いていた「日本映画=様式美や暴力、あるいは都市の孤独」という固定観念を根底から覆す、驚くべき土俗的エネルギーがありました。
当時の映画祭公式会見や海外メディアの劇評を紐解くと、評価の核心は「マジックリアリズム(魔術的リアリズム)の到達点」に集約されていました。南米文学の巨匠ガブリエル・ガルシア=マルケスの世界観にも通底する、日常と怪異が何の説明もなく地続きに存在する世界。スクリーンのなかでは、高知の鬱蒼とした山河を背景に、いたずら盛りの双子が川を泳ぎ、魚を捕獲するリアルな日常が流れる傍らで、樹上から奇妙な老婆たちが現れて子どもたちを凝視します。
東陽一監督は、征三・征彦兄弟の描く絵本のエッセンスをただアニメーション合成するような安易な手法を徹底して排除しました。土佐の風土が放つ湿気や土埃、夏の熱気といった生々しい質感の中に、民俗学的なアニミズム(精霊信仰)を純然たる映画的リアリズムとして溶け込ませたのです。審査員団は「少年時代の無垢さと残酷さ、そして自然の底知れぬ魔力を、これほど高潔な映像言語に昇華させた例は稀である」と絶賛の言葉を贈りました。