1959年、ふたりの結婚はまさに日本中を騒然とさせる大ニュースだった。当時、江利チエミはデビュー曲『テネシーワルツ』の大ヒットで一躍スターダムに駆け上がり、美空ひばり、雪村いづみとともに「三人娘」として芸能界の頂点に君臨していた。一方の高倉健は、東映の若手俳優として期待されつつも、まだ確固たる地位を築く途上にあった。
高倉健の誕生日に挙式を行ったふたりの生活は、周囲の羨望の的だった。しかし、多忙を極める二人のすれ違い生活と、その後に訪れた子宝の喪失という悲劇が、少しずつ二人の間に影を落とし始める。妊娠中毒症による不幸な流産は、特に二人の心に深い傷を残した。