本名を改める方針が決まった際、ジャニー氏が最初に提示した芸名案は、現在の姿からは想像もつかないものでした。それが「横山ジョー」という候補名です。
なぜ「ジョー」だったのか。その背景には、ジャニー氏独特の直感的な発想がありました。本名の「侯隆(きみたか)」の響きや、当時ジャニー氏が好んでいたボクシング漫画『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈のイメージを勝手に重ね合わせ、「Youは今日から横山ジョーでいきなよ!」と唐突に言い渡されたといいます。
しかし、当時まだ10代半ばだった横山自身は、この奇抜すぎる提案に対して強い違和感を抱きました。「ジョーはちょっと嫌です」「外国人みたいで恥ずかしい」と、新人としては異例の率直さで拒否の意思を示したのです。天下のプロデューサーに物怖じせず反論する度胸もまた、横山らしいエピソードといえます。
そこでジャニー氏が次に口にしたのが「裕(ゆう)」という一文字でした。「じゃあ、裕にしちゃいなよ!僕の『YOU(ユー)』と同じ響きだし、親しみやすいじゃない」という、ジャニー氏ならではの軽妙な閃きによって決定されたと語り継がれています。
芸能界関係者の証言や当時の報道を振り返ると、ジャニー氏がタレントに本名以外の芸名を付けるケースは、ジャニーズ事務所の歴史全体を見渡しても極めて稀です。郷ひろみや葵テルヨシといった初期のスターを除き、1990年代以降の所属タレントの大多数は本名で活動していました。その中にあって「横山裕」という芸名を与えられたことは、ジャニー氏が彼に対して抱いていた特別な直感と、大衆に愛されるタレントへと押し上げたいという強い親愛の情の表れであったと評価されています。