日本の歴史上、怨霊として名高い存在といえば菅原道真、平将門、そして崇徳院の3人です。道真は学問の神(天神様)として祀られ、将門は東国の英雄・守護神として信仰を集めました。その中で、崇徳天皇の怨霊だけがなぜ「最も危険で恐ろしい」と恐れ続けられたのでしょうか。
決定的な違いは、崇徳上皇が「皇室そのものを呪い、国家の転覆を誓った唯一の天皇」であった点にあります。道真は政敵・藤原氏への怒り、将門は朝廷の支配に対する反逆でしたが、崇徳院は自らが戴くべき天皇家そのものに刃を向けました。最高権力者から一転して奈落の底へ突き落とされた怨嗟の深さは、他の追随を許さない圧倒的なスケールを持っていたのです。