「さいてょ マー子」という狂騒的なネット文学が成立した最大の土台は、言わずもがな2006年夏の全国高校野球選手権大会決勝という、フィクションをも凌駕する劇的な史実にあります。
早稲田実業学校高等部のエースとして連日連投を続け、青いハンカチで汗を拭う端正な姿から社会現象を巻き起こした斎藤佑樹氏。対するは、3連覇の偉業に挑む北の大砲軍団・駒大苫小牧高校の絶対的守護神、田中将大投手。延長15回を戦い抜いて1-1の引き分け、翌日の再試合でも9回表に斎藤氏が田中投手を空振り三振に打ち取って4-3で幕を閉じたあの瞬間は、日本スポーツ史における最高峰のスペクタクルでした。
しかし、高校卒業後の進路選択から、2人の運命の歯車は対照的な軌道を描き始めます。早稲田大学へ進学し東京六大学のスターとして全日本大学野球選手権を制覇した斎藤氏に対し、田中投手は高校から直接プロの門を叩き、野村克也監督のもとで急速に球界最強投手へと覚醒していきました。以下の比較データは、プロ入り後に生じた実績の変遷と、それがネット世論に与えた衝撃の大きさを物語っています。
田中投手が2013年にシーズン24勝0敗1セーブという途方もない世界記録を樹立し、東北楽天を球団創設初の日本一へと導いてニューヨーク・ヤンキースと総額1億5500万ドルの超巨額契約を結ぶ一方で、斎藤氏はプロ2年目の開幕投手を務めた直後に右肩の重傷を負い、長い二軍生活とリハビリの日々を余儀なくされました。
この残酷なまでの「勝者と敗者」の構図が、ネット住民たちの歪んだ創作意欲を刺激し、現実のスポーツニュースとは別の並行世界として「さいてょ マー子」の物語を加速させていったのです。