竹内まりやと山下達郎の出会いは、1970年代後半のレコード会社(RCA/RVC)時代に遡ります。当時、慶應義塾大学在学中に鮮烈なデビューを果たした竹内まりやは、瞬く間にアイドル的な人気を博し、過密スケジュールによる心身の疲弊に直面していました。その過渡期において、卓越したアレンジ力と音楽的知見で彼女の楽曲を支えたのが、すでにミュージシャンズ・ミュージシャンとして頭角を現していた山下達郎でした。
1979年の大ヒット曲「SEPTEMBER」や「不思議なピーチパイ」などを経て、まりやが1981年末に一時的な活動休止を宣言した際、親身になって相談に乗り、彼女の音楽的自立を後押ししたのが達郎でした。当時の特番インタビューや手記においても、まりやは「自分の音楽性を誰よりも理解し、本質的なアドバイスをくれたのが彼だった」と述懐しています。
ビジネスパートナーから人生の伴侶へと発展したふたりは、1982年4月に結婚。当時、メディアは「シンガーソングライター同士のビッグカップル誕生」と大々的に報じました。ふたりの年齢差は山下達郎が2歳年上(山下達郎:1953年2月生、竹内まりや:1955年3月生)であり、互いを対等な音楽家としてリスペクトし合う関係性は、この時代から確立されていました。