男闘呼組の歴史を語る上で避けて通れないのが、1993年6月30日に突如として発表された事実上の解散劇です。当時、主演舞台の公演直前であり、全国ツアーの追加公演も控えていた最中での突然の幕引きは、ファンに計り知れないショックを与えました。
男闘呼組の解散理由の真相について、当時メディアでは様々な憶測が飛び交いました。週刊誌などでは「メンバー間の不仲」や「協調性を欠く行動」、さらには根拠のない薬物疑惑などのネガティブな噂が書き立てられました。しかし、後年の本人たちの証言や関係者への取材により、その背景には「アイドルと本格ロックバンドの狭間で生じた事務所との軋轢」があったことが明らかになっています。
1988年にシングル『DAYBREAK』で鮮烈なデビューを飾り、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した彼らは、当初から与えられた楽曲を演奏するだけでなく、自ら作詞・作曲を手掛け、過激なパンクやハードロックの要素を色濃く反映させた楽曲制作を志向していました。しかし、当時の芸能界におけるアイドルマネジメントの枠組みと、アーティストとしての自負を強めるメンバー(特に自己主張の強かった高橋和也)との間で、プロモーション方針やマネジメントを巡る対立が深刻化。最終的に高橋に対する突然の契約解除通告が下され、バンドは活動継続が不可能な状態に追い込まれたのが実態でした。
決して4人が音楽を嫌いになったわけでも、仲間割れを起こしたわけでもないという事実は、30年後の再結成で見せた強固なアンサンブルと阿吽の呼吸によって完全に証明されました。