武豊が語るサイレンススズカとの伝説は、今なお多くの人々の胸を打ち続けている。迎えた1998年11月1日、第118回天皇賞(秋)。ファンと関係者が目撃したのは、競馬の常識を超越した衝撃のレース展開だった。前半1000メートルを57秒4という、常識外れの超絶ハイペースで通過。後続に圧倒的な差をつけ、大歓声のなか大逃げを打つ姿は、誰もが「伝説の完成」を確信させた。
しかし、4コーナーの手前で突如として暗転する悲劇。左前脚の手根骨粉砕骨折。絶望的な激痛に見舞われながらも、彼は鞍上の武豊を背乗したまま倒れず、コースの外側に静かに佇んで騎手を守り抜いた。後年、武豊は「もし無事だったら、どれほどの記録を残していたか。競馬に『たられば』は無いが、あの馬だけは特別だった」と感慨深く振り返っている。鞍上の感性として語られたのは、「空を飛んでいるような走り」であり、大逃げの裏側にあったのは無謀な暴走ではなく、極限まで研ぎ澄まされた静かなる調和であった。