歴史劇や家系図を調査する際、多くの人が混同しやすいのが「本妻」「側室」「妾」「愛人」の身分差です。これらは時代によって法的・制度的な位置づけが明確に異なっていました。
武家社会や公家社会における身分の序列は極めて厳格であり、感情ではなく「家の存続」という政治目的によって線引きがなされていました。
日本史における序列の頂点は当然ながら「本妻」です。これに次ぐ「側室」は、武家社会において極めて高度な政治的役割を担っていました。大名家において世継ぎが途絶えることはお家取り潰しを意味するため、側室を持つことは当主の義務に近い側面を持っていたのです。
重要なのは、側室が生んだ子は「本妻の子」として育てられたという点です。側室自身はどれほど当主に愛され、次期藩主の生母となったとしても、身分上は奥女中の一人にとどまり、公式の席では本妻に平伏する立場にありました。
これに対し、「妾」はより私的・経済的な関係です。江戸時代の町人文化や豪商に見られたように、本邸とは別の長屋や離れ屋敷に囲い、手当を支給して囲い者とする形態が典型でした。公的な家督継承の役割を負う側室に対し、妾はあくまで個人の財力と嗜好に基づく関係という決定的な違いがありました。