高子沼グリーンランドが誕生したのは、日本列島が高度経済成長期の熱気に包まれていた1973年(昭和48年)のことです。阿武隈急行の高子駅近く、自然豊かな高子沼の丘陵地(当時の福島県伊達郡保原町、現・伊達市)に開園しました。当時は東北地方において本格的な大型遊具を備えた屋外遊園地が極めて珍しく、県内はもちろん隣接する宮城や山形からも多くの観光バスが押し寄せる一大リゾート拠点として脚光を浴びました。
施設内には、当時としては最先端のスリルを誇ったジェットコースターをはじめ、伊達盆地を一望できる大観覧車、ゴーカートコース、ツインドラゴン(バイキング系遊具)、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、さらには夏季に賑わう屋外プールまで完備されていました。当時の地元紙面や観光パンフレットの記録を振り返ると、ゴールデンウィークや夏休み期間には入場口に長蛇の列ができ、周辺道路が深刻な渋滞に陥るほどの熱狂ぶりを記録しています。
しかし、オープンから10余年が経過した1986年(昭和61年)、施設はいったん全面休園に入ります。これは後年オカルト愛好家の間で「怪事件による封鎖」と曲解される発端となりましたが、実態は設備の近代化と大型コースター導入を見据えたリニューアル工事に伴う一時休園でした。翌1987年(昭和62年)には、宙返りループを備えた新鋭コースターを目玉に掲げて華々しく再オープンを果たし、第2の黄金期を迎えました。
だが、その繁栄は長くは続きませんでした。1990年代に入るとバブル経済が崩壊。日本人の余暇消費は冷え込み、さらに少子化の加速や東京ディズニーリゾートなどの巨大テーマパークへの集中、近隣都市における公立レクリエーション施設(郡山カルチャーパークなど)の台頭によって、地方都市の民間遊園地は急速に入場者数を減らしていきました。厳しい採算割れが続いた末、高子沼グリーンランドは1999年(平成11年)11月、多くのファンに惜しまれながらその歴史に静かに幕を下ろしました。