映画『マリー・アントワネット』を観た者の網膜に強烈に焼き付くのは、ラデュレのスイーツ、色とりどりのシルク、夜通し行われる賭博の狂気です。しかし、この狂乱の裏には、宮廷という密室で少女が直面していた過酷な精神的孤立が存在していました。
ハプスブルク家の皇女マリア・アントニアは、わずか14歳で政略結婚の道具としてブルボン家に差し出されました。フランス宮廷に入った彼女を待ち受けていたのは、起床から着替え、食事、排泄に至るまで数百人の貴族に凝視される「ヴェルサイユの儀礼」という名の公開監視生活でした。朝、下着を着せてもらうだけで身分の高い貴族が入室するたびに着替えの手順が中断され、冬の寒さに裸で震えながら待たされたという記録は、映画でも屈折した儀礼批判として克明に描かれています。
さらに彼女を追い詰めたのが、夫であるルイ16世との性関係の不一致でした。後述するように、二人が真の意味で肉体関係を結ぶまでには結婚から実に7年間を要しています。世継ぎを産むことだけが唯一の存在意義とされる王室において、子どもができない責任はすべてマリー一人に押し付けられました。
実母であるオーストリア女帝マリア・テレジアからは、毎月のように「懐妊の兆候はないのか」「フランス王室での地位が危うくなれば、オーストリアとフランスの同盟は破綻する」という冷酷な書簡が届き続けました。逃げ場を完全に奪われた未成年の少女が、心の空洞を埋めるために走った逃避先こそが、ファッション、賭博、そして夜会遊びだったのです。彼女の浪費は、道楽ではなく極限状態における精神の防衛機制(代償行為)にほかなりませんでした。