「渡辺」「渡邊」「渡邉」という3つの代表的表記を字書的・法制的な観点から整理すると、その関係性は極めて明確です。結論から言えば、「辺」が当用漢字・常用漢字として定められた新字体、「邊」がそれ以前から公的・規範的に使われてきた正字(旧字体)、そして「邉」は「邊」をルーツとして生まれた俗字・異体字にあたります。
文字の構造を分解すると、その差異が視覚的にも理解しやすくなります。正字である「邊」は、しんにょう(辵部)の上に「自」、その下に「穴」、さらに「方」という要素が組み合わさった緻密な字形をしています。これに対し、異体字である「邉」は、下部の「方」が「口」に変化していたり、中間のつくりが簡略化されたりしたものです。早稲田大学社会科学総合学術院教授でJIS漢字の策定にも深く携わった笹原宏之氏の研究コラムによると、手書き文字の時代には書く者の癖や利便性によって点や線の位置が微妙に異なる無数のバリエーションが生み出され、それがやがて独自の字体として定着していきました。
現在、一般社会で最も多く見かける「渡辺」の「辺」は、1946年の「当用漢字表」公布に伴い、複雑な「邊」を極限までシンプルに整理した略体として正式採用されたものです。つまり、本流の歴史的文字は「邊」であり、「邉」はその派生形、「辺」は近代の国語改革が生んだ合理化の産物という三項関係が成り立っています。