家紋を調べる際、最も頻繁に直面するのが「外枠の円(丸)が付いているものと、付いていないものの違い」です。四つ目を斜めに配置した「隅立て四つ目」に対して、外側に円を配した「丸に隅立て四つ目」は、どのような経緯で分かれたのでしょうか。
その背景には、武家社会における「本家と分家の厳格な区別」が存在します。もともと近江源氏の佐々木宗家などが掲げていたのは、丸の付かないシンプルな「隅立て四つ目」でした。しかし、一族が繁栄して全国各地に分家・庶子が枝分かれしていく過程で、主筋(本家)に対して遠慮を示すため、あるいは戦場での混同を防ぐために、外枠に丸を付加して差異化したのです。
さらに江戸時代に入ると、幕府への登城や冠婚葬祭で着用する裃(かみしも)に家紋を入れる文化が定着します。この際、紋を丸で囲むと収まりが良く引き締まって見えることから、意図的に「丸囲み」の意匠へと改める家が急増しました。現在、一般家庭で見られる四つ目紋の大半に丸が付いている背景には、こうした近世以降の武家儀礼の普及が深く関わっています。