コンカリーニョが歩んできた道程は、日本の地域文化運動史における稀有な成功例として知られています。その原点は1995年、JR琴似駅北側に残されていた旧北海製罐の巨大な赤レンガ・木造倉庫を、地域の演劇人たちが自らの手で改装した民営小劇場にさかのぼります。
むき出しの梁と高い天井、倉庫ならではの重厚な音響空間は、またたく間に札幌のアンダーグラウンド演劇や音楽ライブの聖地となりました。しかし2002年、JR琴似駅周辺の大規模再開発事業に伴い、倉庫の解体と劇場の立ち退きという絶望的な局面を迎えます。
「街の灯を消してはならない」——立ち上がったのは演劇人だけではありませんでした。琴似の商店街振興組合や近隣住民が一体となり、数万人規模の署名活動と行政への粘り強い働きかけを展開。その熱意が再開発組合や自治体を動かし、再開発複合ビル「ザ・タワープレイス」の1階フロアに、恒久的な文化施設として組み込まれるという、全国的にも極めて異例の「奇跡の復活」を成し遂げました。
公的資金だけに寄りかからず、市民自らがNPO法人を組織して運営の舵を取る。この泥臭くも強靭な設立の経緯があるからこそ、地域住民にとって「誰かに与えられた施設」ではなく「自分たちの手で守り抜いた劇場」という強固な当事者意識が根付いています。