当時、国内外のメディアから首の手術痕について直接的な質問を受けた際、本田選手は「何もないよ」と短く一蹴し、詳細な病名や治療内容について口を閉ざし続けました。なぜ彼は、同情や理解を得られるはずの闘病の事実を公表しなかったのでしょうか。
ここには、本田圭佑というプロフェッショナルの徹底した哲学と、トップアスリートならではの心理的バウンダリーが色濃く反映されています。第一に、「ピッチに立つ以上、病気や怪我をパフォーマンス低下の言い訳にしたくない」という強固な自負です。公に病名を明かせば、プレーが振るわない際に「病気のせいだ」とメディアやファンに免責されることになります。本田選手にとって、それは自らの誇りを傷つける何より耐え難い事態でした。
第二に、勝負の世界における冷酷な力学です。甲状腺疾患を抱え、心肺機能や持久力に課題があることを公表すれば、対戦相手は当然そこを弱点として突き、激しいプレスや持久戦を仕掛けてきます。戦術的な隙を敵に与えないためにも、自らの健康情報は極秘事項として伏せ続ける必要がありました。
後年のインタビューや自身の配信において、彼は具体的な病名こそ断定しないものの、「過去に何度も選手生命に関わるような困難や手術を経験してきた」と述懐しています。弱音を吐かず、結果のみで語るという彼のストイックな生き様が、「沈黙」という選択肢を選ばせたのです。