草薙の剣の呪いと祟りの真相|神官の怪死から壇ノ浦の謎まで徹底追跡

草薙の剣の呪いと祟りの真相|神官の怪死から壇ノ浦の謎まで徹底追跡

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草薙の剣を巡る最大の歴史的ミステリーが、寿永4年(1185年)の「壇ノ浦の戦い」における水没です。平家滅亡の際、二位の尼に抱かれた幼き安徳天皇とともに、三種の神器を携えて海中深く沈んだとされています。戦後、鏡と玉は回収されたものの、剣だけは海底に没したまま二度と発見されませんでした。

この事実から「本物の草薙の剣は海底に失われたのではないか」という疑念が今なお語られます。しかし真相を辿ると、皇室には古くから「形代(かたしろ)」と呼ばれる精巧な分身を宮中に置き、本体(御神体)を熱田神宮に祀るという明確な祭祀体制が確立されていました。

壇ノ浦で海に沈んだのは、第10代・崇神天皇の時代に作られた宮中保管用の形代でした。その後、朝廷は伊勢神宮から献上された霊剣を新たな形代として定め、皇位継承の儀礼を継続しました。したがって、神話以来の本体そのものは一度も熱田の杜を離れておらず、今も失われることなく現存しています。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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