現在でこそスキンヘッドに髭、プロレスパンツ姿の屈強なビジュアルが定着していますが、若手時代の写真を振り返ると、痩せ型で長髪をなびかせたシャープな風貌をしており、当時のファンからは「意外と男前だった」と驚かれることが少なくありません。
高校の同級生であった植木浩二氏と結成した「G★MENS(ジーメンス)」は、吉本の心斎橋筋2丁目劇場でデビューしました。当時から常軌を逸したハイテンションなコントを披露していましたが、当時の関西お笑い界はスマートなしゃべくり漫才が主流。彼らのアバンギャルドな破壊的笑いはコアな熱狂を生んだものの、劇場のヒエラルキーの頂点に立つことは叶いませんでした。
2000年に心機一転して上京したものの、2002年には相方が芸人を引退しコンビは解散。天涯孤独のピン芸人となったザコシショウが流れ着いたのが、当時お笑い部門を立ち上げたばかりのソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)でした。
東京・要町にあるSMAの常設地下劇場「Beach V(びーちぶ)」を拠点にした時代は、まさに「地下芸人」の生活そのものでした。観客が数人しかいないライブハウス、日雇いバイトで食いつなぐ極貧生活、いつ芽が出るかわからない焦燥感。しかし、彼は妥協して世間に媚びるのではなく、「自分の信じる狂気的な笑いを、一切薄めずに研ぎ澄ます」道を選びました。
この地下時代に、バイきんぐ(小峠英二・西村瑞樹)や錦鯉(長谷川雅紀・渡辺隆)といった、後に賞レース王者となる後輩芸人たちと切磋琢磨。ザコシショウは彼らの精神的支柱となり、「ザコシ軍団」のボスとして地下お笑い界を牽引し続けたのです。