正体を暴かれ宮廷を脱出した九尾の狐は、下野国(現在の栃木県)の那須野原へと逃亡しました。現地で婦女子を襲うなどの被害が拡大したため、朝廷は三浦介義明(みうらのすけよしあき)と上総介広常(かずさのすけひろつね)を将とする約8万騎の大軍を派遣します。
壮絶な追撃戦の末、三浦介が放った鏑矢が狐の喉元を射抜き、ついに大妖は討ち取られました。しかし、息絶えた九尾の狐の執念は凄まじく、その巨躯は巨大な毒石へと変化します。石から立ち込める猛烈な毒気は近づく鳥や獣、虫の命を瞬時に奪い、人々から「殺生石(せっしょうせき)」と呼ばれ恐れられることとなりました。後に南北朝時代、曹洞宗の高僧・玄翁和尚(げんのおしょう)が杖で石を一喝して打ち砕き、ようやくその霊を成仏させたと伝えられています。