ネット上の掲示板やSNSでは定期的に「聖クリストファーは教会から架空の人物と断定され、クビになった」という言説が拡散されます。しかし、教廷の公式記録を精査すると、事実は大きく異なることが判明します。この誤解の引き金となったのは、1969年に教皇パウロ6世が発布した自発教令(モトゥ・プロプリオ)『ミステリイ・パスカリス』に基づく一般ローマ暦の改訂でした。
当時、第2バチカン公会議の流れを受けてカトリック教会は典礼暦の整理を断行しました。数世紀にわたって追加されてきた聖人の祝日が膨大になりすぎたため、信仰の中心であるキリストの神秘を際立たせる目的で抜本的な見直しが行われたのです。その際、3世紀のデキウス帝(またはマクシムス・ダイア帝)の迫害下で殉教したとされる聖クリストファーについて、実在性を示す同時代の一次史料が乏しく、語り継がれてきた逸話の多くが後世の民間伝承・寓話であると判断されました。
その結果、7月25日の祝日は「全教会で義務づけられる普遍暦」からは削除されました。しかし、これは聖人名簿(Martyrologium Romanum)からの除外や列聖の取り消し(脱聖)を意味するものでは決してありません。バチカンは地方教会や特定の教区、修道会において彼を記念し続けることを明示的に認めており、現在もスペインやイタリアをはじめとする各地の教会でミサが捧げられています。「祝日除外の真相」とは、信憑性の高い歴史的聖人を優先するための典礼整理であり、信徒が抱く敬虔な崇敬そのものを否定したわけではないのです。