結論から明かせば、スタジオジブリおよび宮崎駿監督は「銀山温泉が単独のモデル地である」と公式認定しているわけではありません。映画公開当時のインタビューや公式出版物(『The Art of Spirited Away』等)において、宮崎監督は「特定のモデルとなった温泉旅館は存在しない」と明言しています。監督が意図したのは、かつての日本各地に実在した温泉宿や擬洋風建築、歓楽街の意匠を記憶の中から呼び起こし、重層的に組み合わせた「架空の巨大建築」の構築でした。
一方で、スタジオジブリが公式に「大いに参考にした」と認めている施設には、東京都小金井市の「江戸東京建物園」に保存されている子宝湯や文房具店「武居三省堂」、愛媛県の「道後温泉本館」などが挙げられます。ではなぜ、公式の単独モデルではない銀山温泉が、これほどまでに「油屋の舞台」として世界中で確信を持って語られるようになったのでしょうか。
その最大の理由は、温泉街の中央に鎮座する国の登録有形文化財「能登屋旅館」の圧倒的な造形美にあります。大正10年(1921年)に完成したこの本館は、職人の手による鏝絵(こてえ)が施された木造三層四階建てで、最上階には街を見渡す望楼(やぐら)がそびえ立ちます。この「階層が複雑に積み重なり、どこか異界の気配を漂わせる木造建築」の威容が、千尋が迷い込んだ油屋の威圧感・重厚感と完璧な共鳴を果たしたのです。
さらに、温泉街の入口付近に架かる赤い欄干の橋(白銀橋周辺の意匠)も決定的な視覚効果をもたらしています。千尋が息を止めてハクと共に渡った「異界と現世を繋ぐ赤い橋」を連想させるこの風景は、訪れた観光客の脳内で映画の映像記憶と瞬時に結びつき、「ここはあの油屋の入口だ」という強烈な既視感を生み出しています。