中里太郎右衛門家の歴史は、江戸時代初期に唐津藩の御用窯を務めたことに始まります。明治維新後に藩の庇護を失い、唐津焼全体が衰退の危機に瀕した時期もありましたが、この窮地を救ったのが十二代中里太郎右衛門(無庵)でした。
十二代無庵は、各地に埋もれていた古窯跡を発掘・調査し、途絶えかけていた古唐津の成形技術や釉薬、窯構造を徹底的に研究。失われた伝統技法を現代に蘇らせた功績により、1969年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
その後を継いだ十三代中里太郎右衛門(逢庵)は、伝統的な唐津焼に国際的な視野と現代彫刻の造形美を融合させ、日本芸術院会員として陶芸界の発展に大きく貢献。そして現在、十四代中里太郎右衛門へとその精神と技が脈々と受け継がれています。歴代の当主それぞれが確固たる個性を発揮しながら、唐津焼の可能性を押し広げてきた点こそが、名門たる所以です。