歴史的な発端に加え、半世紀以上が経過した現在も鹿児島市に役場が残り続ける最大の要因は、トカラ列島が抱える圧倒的な地理的・交通的条件にあります。
トカラ列島は、南北約160キロメートルの広大な海域に有人7島、無人5島が点在する「日本一長い村」です。ここで極めて重要なのが、「島と島を横断する定期航路が存在しない」という交通構造です。
十島村の生活と物流を一身に支えているのは、村営船「フェリーとしま2」です。このフェリーの発着拠点は、鹿児島市にある鹿児島港本港区南桟橋となっています。航路は「鹿児島港 → 口之島 → 中之島 → 平島 → 諏訪之瀬島 → 悪石島 → 小宝島 → 宝島 → (奄美大島・名瀬港)」を週に2往復(繁忙期増便あり)運行する一本の長い縦断ラインです。
もし仮に、7島のうちのいずれか1島(例えば面積の広い中之島)に役場本庁舎を移転した場合、何が起きるでしょうか。最南端の宝島や小宝島の島民が役場に行こうとすると、上り便のフェリーで数時間かけて中之島へ向かい、用件を済ませた後、次の下り便が来る数日後まで足止めを余儀なくされます。島民同士の公平なアクセスを考えた場合、皮肉にも「全島民が船一本で等しく直結し、物資が集積する鹿児島港の目の前」に役場がある方が圧倒的に利便性が高いという結論に至るのです。
また、行政運営の実務面でも鹿児島市本庁舎の存在意義は絶大です。県庁、国の出先機関、総合病院、教育委員会、警察・消防本部、さらには物資調達を行う民間企業の本社機能がすべて鹿児島市に集中しています。自然災害や急患搬送、学校教育資材の手配、大規模な公共事業の発注に至るまで、鹿児島市に拠点を置くことで迅速かつ無駄のない行政サービスが担保されています。