終戦直後の1940年代後半から1950年代にかけて、日本の大都市圏では空襲による住宅の焼失と復員・引揚者の急増により、深刻な住宅難が続いていました。当時の庶民の住まいは、ひとつの家屋に複数の世帯が同居する間借りや、壁の薄い木造アパートが主流であり、夫婦であっても家庭内で性的なプライバシーを確保することは極めて困難な環境でした。
こうした切実な生活事情と人々の本能的な需要に応える形で誕生したのが「連れ込み宿」です。一般的な旅館が旅人の宿泊や観光を目的としていたのに対し、連れ込み宿は最初から「男女が短時間を過ごすこと(休憩)」に特化して営業されていました。看板には「旅館」と掲げつつも、受付で宿泊帳に偽名を記入することが暗黙の了解となっており、帳場と客室が直接顔を合わせにくい迷路のような構造や裏口が設けられるなど、徹底して利用者の匿名性を守る工夫が凝らされていました。
部屋の設えは四畳半から六畳程度の簡素な和室に布団、小さな座卓、鏡台、そして簡単な洗面設備が置かれている程度が一般的でした。決して豪華絢爛な設備ではなかったものの、日常の喧騒から逃れて二人きりになれる唯一のシェルターとして、当時の男女にとって不可欠な都市機能の一翼を担っていたのです。