SNSや大手知恵袋などのコミュニティを観察すると、「一汁三菜症候群」とも呼ぶべき疲労感が浮き彫りになっています。「仕事帰りに主菜・副菜2品・汁物を作るだけで1時間以上かかる」「品数を用意しても家族があっさり残して虚しい」といった切実な投稿が後を絶ちません。多くの生活者が一汁三菜がめんどくさい理由として挙げるのは、調理の手間そのものに加え、献立決定の認知的負荷(ブレインロード)や調理後の大量の洗い物です。
こうした不満が噴出する中で囁かれる「一汁三菜は毎日必要ない」という説ですが、一汁三菜の意味と歴史を紐解くと、この指摘は文化人類学的にも理に適っている事実が判明します。本来、一汁三菜の原型は室町時代の武家社会で確立された「本膳料理」という格式高い饗応(おもてなし)料理にあります。江戸時代の一般町民の日常食は「一汁一菜(主食の白米に味噌汁、香の物)」が標準であり、おかずを3品も並べるのは正月や冠婚葬祭などのハレの日だけでした。
家庭の食卓に「主食・主菜・副菜・副々菜・汁物」というフルセットが毎日求められるようになったのは、栄養改善運動が進んだ高度経済成長期以降のわずか数十年の出来事に過ぎません。伝統という言葉に過剰な義務感を背負う必要はなく、時代に合わせた柔軟な解釈こそが求められています。