プロ入り後の新垣渚は、ルーキーイヤーの2003年に8勝を挙げてチームの日本一に大きく貢献し、翌2004年には11勝・最多奪三振のタイトルを獲得するなど、瞬く間に球界を代表するスター投手となりました。斉藤和巳、和田毅、杉内俊哉とともに結成した「先発4本柱(全員2桁勝利)」は、現在もホークス歴代最強カルテットとして語り草になっています。
一方で、新垣の代名詞となったのが「暴投(ワイルドピッチ)」の多さでした。あまりにも鋭く曲がり落ちる高速スライダーと150km/hを超える剛球は、捕手が捕球することすら困難を極め、NPB通算暴投数は101個を数えました。1試合5暴投の日本プロ野球記録を作った際も、ファンは彼を責めるどころか、その制御不能な圧倒的ポテンシャルに魅了されたのです。
SNSやファンのコミュニティを振り返ると、「新垣のボールは調子が良い日は誰も手が出ない完全無欠の魔球だった」「荒れ球も含めて、野球のダイナミズムを一番見せてくれた投手」という熱い声が今なお多く見られます。計算通りのまとまった投手ではなく、規格外のスケールで勝負し続けた姿こそが、多くの人々の心に残り続ける理由です。