2019年の辞退時に発せられた「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」という言葉は、瞬く間に日本中のメディアで報道され、野球ファンのみならず多くのビジネスパーソンや表現者の心にも深い感銘を与えました。この名言の背景には、イチロー氏がキャリアを通じて貫いてきた独自の人生観が存在します。
第一に、「自分に対する評価は他人が決めるものであり、自分から確定させてはならない」という戒めです。国民栄誉賞のような最高位の栄典を受けることは、社会的にその人物の功績が「完成形」として承認されることを意味します。しかし、イチロー氏にとって野球選手としての引退は人生の一つの区切りに過ぎず、指導者として、あるいは一人の人間としての探求はその後も続くものでした。「完成」や「総括」を自ら受け入れることは、内なる前進のエネルギーを削ぎ落とすリスクを孕んでいます。
第二に、かつて手記や単独インタビューの中で彼が語ってきた「賞をもらうためにバットを振ってきたわけではない」という信念です。外的報酬(地位・名誉・賞金・社会的承認)ではなく、内発的動機づけ(自らの理想とする打撃フォームの追求や日々のルーティンの完遂)によって自分を動かし続けてきたプロフェッショナルだからこそ、国家という巨大な権威から与えられる勲章に対しても、過度に依存することなく健全な距離を保ち続けることができたのです。