この事件をめぐっては、単なる汚職事件にとどまらず、「ルノーによる日産の完全子会社化を阻止するための社内クーデターだったのではないか」という議論が根強く存在します。
当時、ルノーの筆頭株主であるフランス政府(エマニュエル・マクロン大統領)は、ルノー・日産・三菱アライアンスの経営統合を強く求めていました。これに対し、収益力や技術力でルノーを上回っていた日産側は、フランス企業に吸収されることへの強い危機感を抱いていました。当時社長を務めていた西川廣人氏ら日産経営陣は、専横を極めていたゴーン氏の不正を社内調査で固め、日本の検察組織と司法取引を結ぶことでゴーン体制の排除に踏み切ったと見られています。
ゴーン氏は逃亡後の記者会見で「私は日本の人質司法と日産幹部の陰謀の犠牲者だ」と主張し続けました。しかし、裁判証拠や内部文書の開示が進むにつれ、政治的背景が存在したことは事実であるにせよ、会社資金の私的流用や隠蔽工作そのものは「言い逃れのできない明白なガバナンス違反・私物化であった」という見解が支配的になっています。