日本映画史において、山田五十鈴が残した足跡は計り知れません。10代にして溝口健二監督の『浪華悲歌(なにわえれじい)』『祇園の姉妹』(ともに1936年)に主演し、過酷な現実に立ち向かう女性を鬼気迫るリアリズムで演じ切り、日本映画界のトップ女優としての地位を不動のものにしました。成瀬巳喜男監督の傑作『流れる』(1956年)では、没落ゆく置屋で懸命に生きる芸者を繊細な感情表現で見事に演じています。
そして、彼女の圧倒的な演技力に対する評価を世界的なものにしたのが、黒澤明監督による1957年の映画『蜘蛛巣城』です。シェイクスピアの『マクベス』を戦国時代に置き換えた本作で、夫の野心を冷徹に煽る浅茅(マクベス夫人)役を担当。能楽の様式美を取り入れ、感情を押し殺しながら一切まばたきをせずに語りかける狂気の演技は、国内外の映画批評家や映画監督から「映画史上に残る名演」と絶賛されました。
黒澤監督とはその後も『どん底』(1957年)や『用心棒』(1961年)でタッグを組み、凄みのある悪女から市井のたくましい女性まで自在に演じ分けました。映画黄金期の巨匠たちに「台本を渡せばそれ以上の芝居で返してくる」と言わしめたその表現力は、今なお後進の俳優たちにとって越えるべき金字塔となっています。