『無言坂』が描くのは、去りゆく面影を追いながらも、声を上げずにじっと耐える女性の静かな情念である。タイトルにある「無言坂」という言葉は、実在の地名であると同時に、主人公が一人で歩む心の葛藤や絶望を象徴するメタファーとして機能している。
歌詞の随所に散りばめられた「言えない想い」と「言葉にならない切なさ」。市川睦月(坂東玉三郎)は、情念を直接的な言葉で叫ばせるのではなく、沈黙や佇まいによって表現する伝統美を現代の歌謡曲に昇華させた。別れの痛みを抱えながら坂を下りる背中に、聴き手は自らの記憶や哀切を重ね合わせる。玉置浩二の切なく揺れる旋律と相まって、一言では語り尽くせない人生の陰影が楽曲全体を包み込んでいる。