華やかな芸能界のサラブレッドでありながら、地に足のついた堅実な生き方を選んだ背景には、山下家の極めて計画的で教育熱心な家庭環境がありました。竹内まりやの子供の経歴や学歴に関しては、かねてより名門私立校に通っていたことが知られています。
小学校から高校にかけては、東京都内の伝統ある一貫校(慶應義塾幼稚舎から普通部・中等部、あるいは成城学園など)に在籍していたとする説が有力視されており、高校卒業後は自らの意志で本格的に美術を学ぶため、都内の有名美術大学(武蔵野美術大学や多摩美術大学など)の油彩やデザイン関連学科へ進学したと報じられています。学問と芸術的素養の双方をバランスよく磨く環境が整えられていたことは間違いありません。
特筆すべきは、母・竹内まりやの子育てに対する献身です。1984年の出産後、竹内まりやは本格的なコンサート活動やメディア出演を極力控え、作詞・作曲を中心としたマイペースな音楽活動へとシフトしました。これは当時、メガヒットを連発する女性シンガーとしては極めて異例の決断でした。
当時のインタビューで竹内まりやは「子どもが学校に通う間は、毎朝早く起きて手作りの弁当を持たせ、帰宅時には家で『おかえり』と迎えてあげたかった」と述懐しています。出雲の名家(老舗旅館・竹野屋旅館)で育ち、家庭の温もりを熟知している彼女だからこそ、ショービジネスの喧騒から愛娘を完全に隔離し、健全な生活リズムとプライバシーを死守したのです。