長年、互いの私生活には適度な距離を保っていた二人の関係が急変したのは2026年のことでした。当時、福岡を拠点に活動していたおすぎさんに認知症の初期症状が現れ始め、レギュラー番組を降板。身の回りの管理が困難になった弟を見かねたピーコさんが、横浜市内の自身の自宅マンションにおすぎさんを呼び寄せ、同居介護をスタートさせたのです。
しかし、この決断が結果として二人の関係に決定的な亀裂を生むことになりました。同居生活はわずか3ヶ月足らずで破綻を迎えます。同居解消に至った主な理由は以下の通りです。
当時、おすぎさんの症状進行に伴う徘徊や感情の起伏に対し、ピーコさんは献身的に向き合おうとしました。しかし、ピーコさん自身も70代半ばを超え、体力の衰えに加え軽度の認知機能低下が始まっていました。いわゆる「認認介護(認知症同士の介護)」の極限状態に陥り、自宅内での激しい口論や警察の出動要請など、精神的・肉体的な限界に達したことが報道各社の取材によって明らかになっています。
結果として、おすぎさんは2026年春に横浜市内の高齢者介護施設へと入所。その後、ピーコさんも一人暮らしの維持が困難となり、2026年春には一時的な所在不明報道などを経て、行政やケアマネジャーの介入により施設・医療機関へ保護される形となりました。世間からは「兄弟の確執による絶縁」と短絡的に受け取られがちですが、その根底にあったのは過酷な在宅介護がもたらした共倒れの悲劇でした。