「自転車の鍵紛失時には傘の骨を差し込めば簡単に開く」という言説は、昭和から平成初期にかけて広く出回った代表的な都市伝説です。当時のママチャリに多用されていた「プレスキー」と呼ばれる平らで単純な金属板の鍵であれば、傘の骨の先端を加工してピンを押し上げることで解錠できる事例が確かに存在しました。しかし、現在の自転車用ロックに対してこの手法を試みるのは完全に無謀です。
一般社団法人自転車協会が定める安全基準(BAA)の普及に伴い、現在流通しているリング錠(馬蹄錠)の多くは、複製や不正解錠が極めて困難なディンプルキーやシリンダー構造を採用しています。薄く強度の足りない傘の骨を鍵穴に無理やり押し込めば、内部のタンブラーを動かすどころか、途中で金属疲労を起こして鍵穴の奥でへし折れます。こうなると専門業者でもピッキング解錠が不可能になり、シリンダーの完全破壊を余儀なくされます。
同様に危険なのが、マイナスドライバー解錠と呼ばれる力任せのこじ開けです。鍵穴にドライバーを突き刺してペンチなどで無理やり回転させようとする行為は、内部の金属部品を粉砕するだけでなく、ドライバーの先端が滑って作業者の手に突き刺さる重大事故を頻繁に引き起こしています。大手修理チェーンの現場整備士は次のように証言します。
「鍵穴をドライバーで滅茶苦茶にして持ち込まれるお客様が月に何件かいらっしゃいますが、大抵は鍵だけでなく車体のシートステーまで激しく変形しています。鍵だけの交換なら2,000円前後で済んだはずが、フレームの修正や再塗装、スポークの張り替えまで必要になり、最終的に新車が買えるほどの修理見積もりになる事例も珍しくありません」