「処方されたニキビ薬を毎日欠かさず塗っているのに、数週間経っても一向に良くならない」という悩みの根底には、感染源となる病原体の決定的な違いが存在します。通常のニキビは、毛穴の中でアクネ菌(Cutibacterium acnes)という「細菌」が増殖することで生じる炎症です。これに対し、マラセチア毛包炎の正体はマラセチア属真菌(Malassezia globosaやMalassezia restrictaなど)という「酵母様真菌(カビ)」の異常増殖によって引き起こされます。
生物学的に見て、細菌と真菌は細胞構造が根本から異なります。一般的なニキビ治療で処方されるクリンダマイシンやナジフロキサシンといった抗生物質外用薬、あるいは過酸化ベンゾイル(ベピオなど)は、主に細菌を殺菌・抑制するための薬剤です。これらを真菌であるマラセチア菌にいくら塗布しても、真菌そのものを退治することは原理的にできません。
それどころか、抗生物質を使い続けることで毛穴周囲の正常な常在細菌叢(善玉菌を含むバランス)が死滅し、抗生物質が効かないマラセチア菌だけが競合相手なしに増殖してしまう「菌交代現象」を引き起こすリスクがあります。これが、「ニキビ治療薬を塗れば塗るほど悪化する」という皮肉な現象の正体です。
さらに深刻なのが、かゆみを伴うブツブツを「あせも」や「湿疹」と自己判断し、市販のステロイド外用薬を塗ってしまうケースです。ステロイドは強力な抗炎症作用を持つ反面、皮膚の局所免疫を一時的に抑制します。カビに対する防衛バリアが弱まった毛包内では、マラセチア菌が爆発的な増殖を遂げ、わずか数日で上半身全体に紅斑や小膿疱が散布する事態へと発展します。皮膚科医の間でも「ステロイドによるマラセチア毛包炎の誘発・悪化」は日常的に警戒されている臨床上のトラップです。