日本中が沸いた「若貴ブーム」の真の功労者は誰だったのか。多くの相撲関係者や古参ファンは、異口同音に「曙という規格外の怪物がいたからこそ、若貴は国民的英雄になれた」と証言します。大相撲の歴史において、曙と貴乃花のライバル関係は、栃若(栃錦・初代若乃花)や輪湖(輪島・北の湖)に匹敵する最高峰のドラマでした。
貴乃花との幕内対戦成績は通算46回(本割42回、優勝決定戦4回)に及び、本割では21勝21敗の五分、決定戦を含めると曙の25勝25敗と、完全に互角の鍔迫り合いを演じました。立ち合い一閃、曙の機関銃のような猛突っ張りが炸裂して貴乃花を土俵外へ弾き飛ばすか、貴乃花が鋭い踏み込みで懐に飛び込み、強靭な左四つから曙の巨体を豪快に寄り切るか。両者の激突は常に手に汗握る死闘となり、最高視聴率が50%を超える社会現象を生み出しました。
取材関係者によると、当時の曙は「自分が若貴人気を引き立てる悪役(ヒール)に見られること」に苦悩した時期もありました。しかし土俵を降りれば、同い年の貴乃花に対して深い敬意を抱き、言葉を交わさずとも通じ合う唯一無二の戦友として認め合っていたのです。