秋元康プロデュース男性グループの全貌!Show-Waと歴代の真実

秋元康プロデュース男性グループの全貌!Show-Waと歴代の真実

話題沸騰中の 秋元康プロデュース男性グループの全貌!Show-Waと歴代の真実について、多角的な視点を整理して公開しています。

秋元康氏の男性グループプロデュースは、決して一朝一夕に始まった試みではありません。その歴史の源流は、1980年代半ばのフジテレビ『夕やけニャンニャン』全盛期にまで遡ります。

当時、社会現象を巻き起こしていたおニャン子クラブの男性版として1986年に結成されたのが「息っ子クラブ」でした。岩城憲や篠崎裕利らを擁し、シングル『僕達のRUNAWAY』で華々しくデビューを飾ったものの、わずか半年余りで活動休止に至ります。女性ファンの支持を急速に固めていた当時の男性アイドル市場(たのきんトリオから光GENJI前夜の時代)において、バラエティ主導の男性素人集団というコンセプトは、長期的なファンダムを形成するには至りませんでした。

続いて1988年には、ナイスガイ・コンテストを母体とした「幕末塾」を結成。榊原利彦(現・咲輝)や彦摩呂らが在籍し、和装をモチーフにしたロックナンバー『時代を殴るには自分の素手がいい』で鮮烈な印象を残しました。彦摩呂氏がのちにテレビ特番の手記で「当時は毎日のように秋元先生から厳しい檄が飛び、生き残るために必死だった」と振り返る通り、熱狂的な支持を集めたものの、時代が平成へと移り変わるバンドブームの荒波に呑まれる格好となりました。

その後も男女混合の「吉本坂46」をはじめ、部分的な男性ボーカルプロデュースは点在したものの、乃木坂46や日向坂46のようなメガヒットを連発する女性アイドルと対比され、ネット上では「秋元康は男性グループのプロデュースを苦手としているのではないか」という言説が定着していった経緯があります。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。