山が消えた日…二又トンネル爆発事故の真相と死者数・跡地の現在

山が消えた日…二又トンネル爆発事故の真相と死者数・跡地の現在

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1945年11月12日16時45分、轟音とともに大地が引き裂かれました。爆発の威力は凄まじく、トンネルの上部にそびえていた標高百数十メートルの山が丸ごと吹き飛び、幅百メートル以上におよぶ巨大なV字型の断崖(地溝)が形成されました。

吹き飛ばされた無数の巨石や土砂は、時速数百キロの猛スピードで近隣の集落へ降り注ぎました。爆心地直下にあった二又集落は一瞬で土砂に飲み込まれ、家屋は跡形もなく粉砕されています。

記録に残る被害規模は、死者147名・負傷者149名・被災家屋140戸以上。犠牲者の多くは、戦争を生き延びて平穏な日常を取り戻しかけていた地元住民や、復員してきたばかりの若者たちでした。凄まじい衝撃波は遠く離れた小倉や八幡の市街地にまで届き、窓ガラスを揺らしたと伝えられています。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。