バロンが単なる「完璧な王子様」にとどまらず、大人の色気と深みを感じさせる最大の理由は、背後に横たわる恋人「ルイーゼ」との別れの過去にあります。
『耳をすませば』の作中において、地球屋の店主・西司朗老人の口から語られたエピソードは極めてドラマチックです。かつてドイツの貧しい人形作家が創り出したバロンには、同じ工房で対となる貴婦人の猫人形「ルイーゼ」が存在していました。
留学中だった若き日の西老人はバロンを深く気に入り、連れ帰りたいと願いましたが、当時ルイーゼは修復作業の最中にありました。作家の意向で「一対の恋人人形を引き離すことはできない」と拒まれるものの、西老人の強い熱意と、同行していた日本人女性(後の許嫁)の「ルイーゼは自分が引き取り、必ず日本で再会させよう」という提案により、二体は別々のルートで日本へ運ばれることになります。
しかし、直後に勃発した第二次世界大戦の戦火によって町は荒廃し、恋人とルイーゼの消息は完全に途絶えてしまいました。西老人は戦後何十年もの歳月をかけて捜索を続けましたが、ついにルイーゼが見つかることはありませんでした。
『猫の恩返し』のバロン自身はこの過去を声高に語ることはありません。しかし、時折見せる遠くを見つめるような眼差しや、孤独を知る者だけが持つ静かな優しさは、「二度と会えないかもしれない対の恋人をどこかで想い続けている」というバックボーンから滲み出ているのです。