Webメディアや観光案内の一部では、「大内宿の旅人が江戸時代に箸の代わりにネギを使って食べたのが始まり」といった俗説が語られることがありますが、これは明確な歴史的誤解です。
大内宿はかつて会津西街道(下野街道)の重要な宿場町であり、参勤交代の武士や物資を運ぶ商人たちで賑わっていました。当時の旅籠で蕎麦が出されていた記録は残っていますが、日常的に生ネギを箸代わりにしていた事実は存在しません。江戸時代の蕎麦の食べ方を記した文献や風俗画を見ても、箸を使って食すのが当たり前であり、一本葱スタイルは前述の通り昭和末期に生まれた「食の演出」です。
しかし、この演出を単なる「客寄せの奇策」と切り捨てるのは早計です。会津地方には古くから、客人を迎える際に「大根おろしを入れた辛汁で打った蕎麦をもてなす」という強固な蕎麦振る舞いの文化がありました。大内宿の保存地区指定に伴い、過疎化に抗いながら宿場町を再生させようとした地元有志たちが、地域のアイデンティティである高遠そばをどう現代に蘇らせるかを真剣に模索した末の結晶こそが、この一本葱スタイルだったのです。
なお、「箸を使わずに食べるのが絶対のルール」と思い込んで苦戦する観光客も散見されますが、どの店舗でもテーブルや卓上に通常の箸が常備されているか、店員に頼めば快く割り箸を提供してくれます。途中で食べるのに疲れたり、どうしても蕎麦が落ちてしまう場合は、無理をせず箸に持ち替えるのが現地の自然なマナーです。