ロンギヌスの槍は実在する?本物の所在とエヴァ設定の謎を解くの真相について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。
詳細を見る新約聖書『ヨハネによる福音書』第19章には、十字架にかけられたキリストの死を確認するため、ローマ兵が槍で脇腹を刺し通すと「血と水が流れ出た」と記されています。この名もなきローマ兵が後に外典『ニコデモ福音書』などで「ロンギヌス」と名付けられたことが、ロンギヌスの槍の由来です。キリストの神聖な血を浴びたこの槍は、持つ者に世界を支配する絶対的な勝利をもたらすという信仰を生み出しました。
歴史上「これこそが真の聖槍である」と主張され、現在まで伝わる主要な個体は世界に4箇所存在します。その保管場所と歴史的経緯は以下の通りです。
保管場所・名称伝承と歴史的背景科学的調査・年代判定信憑性と総合評価ウィーン王宮宝物館(オーストリア)
ホーフブルク宮殿所蔵神聖ローマ皇帝の戴冠用宝物(レガリア)。ハプスブルク家に代々継承され、ヒトラーが強奪したことでも最も名高い聖槍。刃本体は7〜8世紀(カロリング朝期)。ただし中央に埋め込まれた鉄のピン(金の鞘で覆われた部分)は紀元1世紀頃の釘と一致。極めて高い。聖遺物としての由緒が最も公的に記録されており、世界で最も認知されている。サン・ピエトロ大聖堂(バチカン)東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルから、1492年にオスマン帝国のスルタン・バヤズィト2世より教皇インノケンティウス8世へ贈呈。先端部分が欠落しており、非公開。独立した詳細な冶金調査は許可されていない。カトリック本山としての権威は絶大だが、先端の刃(パリのサント・シャペルに保管されていたがフランス革命で散逸)との照合が未完。エチミアジン大聖堂(アルメニア)十二使徒のひとりタダイがアルメニアに持ち込んだとされる槍。幅広の独特な形状を持つ。形状は3〜4世紀頃のローマ軍の投げ槍(ピルム)とは異なり、儀礼用・装飾用の意匠が強い。東方キリスト教圏で絶大な崇敬を集めるが、古代ローマ軍の実戦用武器形状とは乖離がある。ヴァヴェル城(ポーランド・クラクフ)西暦1000年に神聖ローマ皇帝オットー3世がポーランド公ボレスワフ1世に寄贈したとされる個体。ウィーンの聖槍を正確に模造(レプリカ)したものと判明。11世紀当時の精巧なレプリカであり、歴史的価値は高いが原初物ではない。
現在一般に「ロンギヌスの槍」として報道や学術番組で取り上げられるものの約9割は、オーストリアのウィーン王宮宝物館に収蔵されている個体を指しています。