幸せな二人三脚に突如として暗転が訪れます。1992年、郷鍈治の身体を病魔が襲いました。診断結果は肺がん。すでに病状は進行しており、発見から間もない1992年9月11日、郷鍈治は都内の病院で息を引き取りました。享年55歳という、あまりにも早すぎる死でした。
臨終の際、ちあきなおみは取り乱すことなく必死に夫の手を握り締めていたと伝えられます。そして、郷が最期に遺した言葉こそが、彼女のその後の運命を決定づけました。
「もうお前は歌うな。静かに暮らせ」
この遺言については、当時の週刊誌やワイドショーで様々な解釈がなされました。しかし、真相は極めて明快でした。自身が亡き後、業界の興行資本やプロデューサーたちによってちあきが消費され、傷つけられることを何よりも恐れた郷が、命を賭して彼女を縛りから解放するために放った「究極の愛の言葉」だったのです。
告別式でのちあきなおみの姿は、日本中を涙させました。棺に納められた郷の亡骸にすがりつき、「私も一緒に焼いて! 一緒に連れていって!」と狂おしく号泣する姿は、テレビ各局のニュース番組で報じられました。盟友であったプロデューサーの石井ふく子をはじめとする参列者たちも、かける言葉を失うほどの凄絶な悲哀でした。
そしてその日を境に、ちあきなおみは公の場から完全に姿を消しました。公式な「引退記者会見」を開くこともなく、ファンに向けた引退コメントを残すこともありませんでした。彼女にとって、歌うことの唯一の動機であり、聴かせたい対象であった旦那・郷鍈治の喪失は、歌手・ちあきなおみの魂の死滅と同義だったのです。