物語の根底にあるのは、親を亡くし二人きりで寄り添って生きてきた兄弟の情愛です。兄の武島剛志(たけしま つよし)は、高校生の弟・武島直貴(たけしま なおき)を大学に進学させたい一心で、腰を痛めて工場を解雇された後、裕福な旧家への空き巣を計画します。しかし、忍び込んだ先で見つかった一人暮らしの高齢女性を、パニックの末に殺害してしまいます。
逮捕された剛志に下された判決は、無期懲役。そしてここから、残された弟・直貴の終わりのない地獄が始まります。東野圭吾『手紙』のあらすじにおける最大の焦点は、加害者本人の刑罰ではなく、「何一つ罪を犯していない家族に降りかかる社会的制裁」の苛烈さです。
直貴は定時制高校に通いながら運送会社などで懸命に働きますが、「殺人犯の弟」という噂が広まるたびに住居を追われ、職場を変えざるを得なくなります。お笑い芸人やミュージシャンを目指す夢は出自の露見によって断たれ、真剣に愛した女性とも身辺調査によって強制的に破談へ追い込まれました。SNSやインターネットが発達した現代では、加害者家族の個人情報や顔写真が一瞬で拡散されるため、作中で描かれた直貴の孤独と絶望は、より切実なリアリティを帯びて読者の胸に迫ります。