相葉雅紀の若い頃が超絶美少年!Jr時代の金髪秘話と奇跡の成長史

相葉雅紀の若い頃が超絶美少年!Jr時代の金髪秘話と奇跡の成長史

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1999年9月15日、アメリカ・ハワイ沖のクルーズ客船上で行われた嵐の華々しい結成・デビュー会見。白のスーツに身を包んだ5人組の中に相葉雅紀の姿はありました。しかし、この場に相葉が立つに至る経緯は、芸能史上に残る「運命のいたずら」とも言うべき劇的なものでした。

デビュー会見のわずか3日前、事務所の社長であったジャニー喜多川氏から突然電話がかかってきました。
「You、パスポート持ってる?」
相葉が「持ってます」と答えたことで、即座にハワイ行きのチケットが手配され、嵐の5人目のメンバーとして合流することが決まったのです。

当時の報道や本人が後に明かした手記によると、実は嵐のメンバー構成は直前まで難航を極めていました。すでにグループ入りが内定していた二宮和也、櫻井翔、松本潤に対し、大野智の卓越した歌唱力を核に据えつつ、最後の1ピースとして誰を加えるかが議論されていました。相葉は直前までハワイ行きを知らされておらず、本人は単にJr.の取材や仕事でハワイに行けるものだと思い込んでいたといいます。成田空港に向かう車中で初めて「嵐」というグループ名とデビューの事実を告げられた相葉は、歓喜よりも先に途方もないプレッシャーに呑み込まれました。

「自分が入って本当に良かったのだろうか」「他のJr.の仲間たちにどう顔向けすればいいのか」。デビュー曲『A・RA・SHI』がオリコン1位を獲得し、社会現象となる中でも、相葉の胸中には拭いきれない劣等感と戸惑いが渦巻いていました。しかし、この「パスポートを持っていたから」という偶然は、裏を返せばいつ声がかかっても即座に対応できるよう準備を怠らなかった相葉の運の強さであり、何よりグループのバランスを完璧なものにするためのジャニー氏の直感的な慧眼であったことが、後の歴史によって証明されることになります。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。