華々しいデビューを飾った加藤諒でしたが、中学校から高校生にかけての思春期は、決して順風満帆ではありませんでした。メディアのインタビューで本人が「子どもの頃はずっと2軍だった」と回顧しているように、彼を待ち受けていたのは「子役の魔境」と呼ばれる残酷な現実でした。
中学生・高校生になると、子役特有の「あどけなさ」は消え去り、大人の俳優としてのビジュアルや技術が求められます。当時の加藤諒は、眉毛の太さや顔立ちのインパクトが強烈すぎるあまり、青春ドラマの生徒役オーディションを受けても「悪目立ちしてしまう」という理由で落選を繰り返しました。大ヒットドラマ『ごくせん』の生徒役オーディションに落ちたエピソードは有名で、教室の背景に溶け込むことができず、群像劇のワンオブゼムとして使いにくいというレッテルを貼られてしまったのです。
SNSやネット掲示板上では、当時の彼に対して「消えた子役」「昔の画像のほうが可愛かった」といった心ない書き込みが散見された時期もありました。しかし、加藤諒はこの「2軍時代」に腐ることはありませんでした。静岡の実家から地元の高校に通い、派手な芸能活動から距離を置くことで、思春期に必要な普通の人間関係や客観的な自己認識を育んでいったのです。