四日市市の歩みを語る上で避けて通れないのが、昭和の高度経済成長期に発生した四日市ぜんそくの歴史です。1960年代、コンビナートから排出された大気中の亜硫酸ガスが原因で、多くの住民が深刻な呼吸器疾患に苦しみました。四大公害病の一つとして数えられ、地域社会に深い爪痕を残したことは周知の事実です。
しかし、四日市市はそこから立ち止まりませんでした。行政、企業、市民が一体となって排煙脱硫装置の導入や厳しい環境基準の制定を推進し、1970年代後半には大気環境の劇的な改善を達成しました。かつての公害都市は、今や世界各国から視察団が訪れる「環境先進都市」へと生まれ変わっています。
市内にある「四日市公害と環境未来館」では、負の歴史を風化させることなく次世代へ教訓を伝える展示が行われており、環境教育の拠点として高い評価を集めています。