渡辺姓のルーツを語る上で絶対に外せない聖地が、大阪市中央区久太郎町に鎮座する坐摩神社(いかすりじんじゃ、通称・ざまじんじゃ)です。この神社は摂津国一之宮として崇敬を集めてきましたが、渡辺党との縁の深さは全国のどの寺社とも一線を画しています。
もともと坐摩神社は、現在の大阪城付近(渡辺津の旧地)にありました。豊臣秀吉による大坂城築城に伴い現在の船場地区へと遷座させられましたが、その際、神社に従って移住してきた渡辺党の子孫たちが暮らす一角が「渡辺町」と名付けられました。
現在でも坐摩神社の所在地番は「大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺」となっており、政令指定都市の中心街のど真ん中に、町名としてではなく「番地」として渡辺の名が単独で刻まれています。これは大阪市の住居表示変更の際、全国の渡辺姓の人々や神社の氏子たちが「発祥の誇りある地名を消してはならない」と強硬に反対運動を展開し、特例として存続を勝ち取った歴史的経緯があります。
現在、坐摩神社の境内には全国渡辺会の本部が置かれ、全国の渡辺姓有志から奉納された「渡辺」の銘が並びます。節分の時期に催される祭礼でも、一般的な神社のような邪気払いの豆まきではなく、渡辺綱の武勇を称え家内安全を祈願する独自の神事が厳格に受け継がれています。